昭和63年
二重鉾の山車へ大改造。
屋台時代の流れを汲み、各所に龍の彫刻が配される。人形は龍神で、作者は川崎阿具。人形に掛けられている面は、能
「春日龍神」の「黒髭」で、横浜の能面師、岩崎久人の作。
大改造された山車は、当初、昭和63年の川越まつりで披露を予定していましたが、昭和天皇の体調を気遣う自粛により同年のまつりは中止となり、翌
平成元年の川越まつりでお披露目となりました。
平成10年、市指定有形民俗文化財の山車となっています。

平成18年(2006年) 川越まつりにて

昭和63年(1988年)
山車への改造に合わせて新調された水引幕

平成元年(1989年) 山車への改造後初めての川越まつり
 江戸期に作られた龍の彫刻
(左が 昇り龍、 右が 降り龍)
(拡大写真)

彫刻下の木札には「彫工 嶋村」と書かれている

一対の龍が納められていた箱蓋墨書 「文政十年(1827年)龍入」

改造の際、化粧板には、彫刻が施された(上枠は龍、下枠は波千鳥)。
下回りに関しては、せいご台の四隅に装飾が加えられたものの、殆ど手が加えらておらず、屋台時代の面影を残しており、車輪は他の山車に比べ少し大きな造りとなっています。
せいご台の面の彫刻
町名等をデザイン化した文字を使った山車が多い中、面の彫刻は珍しいです。
※写真をクリックすると面が切り替わります(全10種)。

龍神の人形と黒髭の面
龍神と四方幕に施された龍の刺繍
四方幕

(正面) (右側面)
(背面) (左側面)

着付けの様子
(赤毛の間から龍神の自毛(黒髪)が見えます)

上層鉾と人形のせり出し
 二つの唐破風小屋根と正面の龍

 文化財を示す正面の木札

松江町一丁目の緑色を基調とした着物と手拭い
(着物は、龍神の山車への改造に合わせて、現在のデザインとなりました)
山車蔵(町内稲荷神社敷地内)
龍神の山車への改修には、凡そ三千万円を要したと言われています(人形を除く)。
町内自治会館に掲示されている寄附一覧を見るに、寄付金の合計額は二千五百万円を優に超えており、改修費の殆どは町民からの山車改修に関わる寄付金で賄われていたことがわかります。
当時はバブル経済絶頂期であったとは言え、地元住民の負担の大きさには驚かされますが、それ以上に山車改修に向けた町民の強い意気込みを感じ取ることができます。
先人が大切に保存してきた文化遺産(一対の龍・唐破風の小屋根)を組み込むという発想をもとに、終戦からわずか5年という時期に戦後復興の象徴として山車の建造に取り組み、昭和の末期に龍神の山車へと発展させたわけですが、旧十ヶ町のような古くからの豪商がいる町ではないため、まさに町民が一体となって育て上げた山車と言えるでしょう。

自治会館に掲示されている寄附者一覧
※個人名・団体名は抹消しています。

平成23年(2011年) 川越まつりポスターカレンダー
龍神の山車が中央に配置された
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